K ループロープ・インファント/2
ループロープ・インファント/2
三条結は、自室のPCの前で、三角形の口をしている。
『――るぅちゃんは、どんな格好しているの?』
『えー、るぅは、まだせいふくです』
『そーなんだ、今どんな感じ?』
『どんなかんじって?』
『どんなってさーぁ、わかってんでしょ。もう濡れてる?』
『う、うん。今日はずっと我慢してたんだぁ・・フェンさんも?』
『そう・・いいこだね。じゃあ・・前教えたとおり、ちゃんとおねだりできるか・・な?』
『フェンさんのほしい、なー』
『んー、聞こえないな。ちゃんと言って御覧?』
――あーあ。
結は大きくため息をついた。
こんな文字が真っ黒い画面に並んでいる。こんないかがわしい話をするチャットルームに結は常連であった。もちろん『るぅ』は結で、フェンは『フェンリル』というハンドルネームの男で、結を御し易しと見たのか調教したいしたいとしつこく言い寄ってくる芸のない男だった。
――なァにが「言って御覧?」だ。
結が『退室』ボタンを押すと、画面の殆どが黒くなった。
「――クーズ」
悪意も熱意も興味も籠もっていない声を結は零して、ベッドの上に自分の身を投げ出した。
最初は面白いと思ったんだ。こんなアンダーグラウンドを見つけたとき、結は確かに心躍った。想像だけ、文字だけで自分の為される様を想像しシーツをこてんぱんに濡らした。
すぐに飽きてしまった。だから、貪欲な結はそれを入り口にして、次の楽しみを見つける筈だった。
しかし、結は結局満足できるパートナーなどを見つけることは出来なかった。かりそめの支配を得て、脳を騙して、その夜の射精が出来れば満足の――素直で率直で、しかし性欲を持て余した豚しかいなかった。その豚たちは「アワヨクバ」「アワヨクバ」と鳴く現実主義者達だったんだ。
「もーちょっと、いい感じになると思ってたんだけどなァ!」
結は肌を露出したままの両手両足を天井に掲げる。足の指に絡まったままのウェブカメラが、そのまま接続されたノートパソコンを引っ張って大惨事になりかける。股間を映したままいたら、二百人近くが見ていたこともある。その全ては結を満足はさせなかった。
「どいつもこいつも、口ばっかり!」
結は悟る。結局自分の楽しみは、自分で創り出すしかないのだ。貪欲に。しかし結は知ってしまっている。やはり計算されたものだけでは楽しみは得られない。そこに他者の思いも寄らない介入が無ければ面白くない。
「――そう、例えば」
ノートPCがメールの着信音を告げる。結はもう、渇きはじめた身体をもてあまし、だるそうにノートを手元に寄せた。『フェンリル』様からメールが届いています。さっきのチャット相手だ。 彼は勘違いも甚だしい男――多分――だ。メールの内容もお決まりで、どこかで見たような調教メニューのコピペをせっせと貼り付けて送ってくる。小娘なら顔も赤らめようが、結にとってそれは――見飽きたものだった。少なくとも、気の利いた言葉一つよこせないケーブルむこうの醜男(ぶおとこ)のいいなりになりたくなんかない。白けるだけだ。
――つまらないなあ。
もうちょっとで何か掴めそうなのに。
もうちょっとうまくやってくれれば、いいのに。
例えば――ああそう、三条結がこの『フェンリル』だったら――いいぞ結、面白くなってきた。どうやって、本当のそれを演出する?
考えろ――この三条結の中で暴れる獣を、××××させてあげられる、上手い方法を!
結はベッドの中でずっと考えている。こうして編んだ妄想はいくらでもある。そして結は準備をしておくんだ。いつの日か、この遊びが、楽しみを満たしうるチャンスが来るのを。
細い細い繊維を、幾重にも結わえてこそ、強くしなやかで風雨に晒されても負けぬ縄が糾(あざな)えるのだ。そう、獲物を捕まえてからでは、縄を綯(な)うには遅すぎる――。
舌なめずりはそれが終わった後でいい。
飢えたまつろわぬ狼の如く。
貪欲に、ただ貪欲に。