J ステンドグラス・ストラテジー/6
ステンドグラス・ストラテジー/6
三条結はいつも縄をして学校に来た。佳恋は登校してくる結を自分の教室から眺めるのが日課になっていた。メガネを掛けて見ていた。いつも彼女の身体に掛けられた縄が見えた。
佳恋はそれを眺めながら、想像する。あの縄はどこで手に入れたのか、フェンリルから貰ったのか、買ったのか、買ったとしたらどこで購入したのか、どんな顔をして、あの子はいやらしいことに使うしかない色とりどりの縄なんかを買いに行ったんだろう――、私服で? 制服で? そんないかがわしい店で結みたいな子がいたら――、声を掛けられて大変な事になってしまうのではないか――。
「――いや、通販があるよね……」
そこまで妄想を広げてから、佳恋は我に返る。その想像の中で結はたくさんの股間にモザイク処理をされたのっぺらぼうに犯されていた。
「――私、バカだ」
守るべき後輩を、想像の中とはいえ酷い目にあわせてしまったことを悔やんで眉を顰める。それでも、品の無い妄想は佳恋のどこかで続いている。
――結はまだ、おとめ、なのかしら。
そんなことまで考える。そして突き詰めてしまって、胃から後悔が上がってくる。佳恋は結におとめであってほしいと願ってしまっていることに、気付いてしまったから。
美しさ、その表情、艶(つや)。
そのすべては結が経験豊かなことを物語っているではないか。そうでなければ、あんな危ないものに引っかかるはずがないのだ。それにあの自縛の巧みさはどうだ。特段ぶきっちょな自覚はない佳恋だけど、あれを再現しろと言われたら――羞恥はひとまず置いておくとしても――あれだけ見事にはやってのけられないと思った。それくらい、いつも結を縛る縄は美しくあり、いつ見ても変化があった。
――これも、フェンリルのメイレイなんですよ。それに ……同じところを締め付けると、痛いんです。
強調される双胸を持ち上げながら、結はそう言った。
そのフェンリルの捜索は進んでいなかった。どれだけ校舎を巡っても、授業を休んで結に張り付いてみても、歪んだ視界の中で結を狙う隠れたる悪意は見あたらなかったんだ。
お陰様で、佳恋の目には、いつもはっきりと結を象(かたど)る縄の形が焼き付いてしまっている。目をつぶっても思い出せてしまうくらいなんだ。――特に寝る前なんか、その肢体や、結が今まで見せた痴態のことを思いだしてしまうんだ。
「――はァ」
ため息をつく。
メールの着信があった。フェンリルの指令を知らせる結のメールだった。フェンリルの指令は結に留まらず、少しずつ佳恋を絡ませていこうという意図が佳恋にも見て取れた。そしてもちろん「拒否をすれば、破滅が待っているぞ」というお決まりの文句も忘れずについてきた。
――もう、いいんですよ、せんぱい。
結はまだそう言ってくれる。けれど、佳恋にはフェンリルからくる脅しが陳腐で軽薄なものに見えてきていた。臆病なやり口は、結が指摘したとおり「口先だけ」の可能性が高いように思えたんだ。
しかし、それなら。なぜ結は言うことを聞いているのか。
拒(こば)む方法なんて、ごまかす方法なんていくらでもあるのではないのか。それで相手の出方を窺(うかが)おうとすると「そんなことをしたら、破滅ですから」って結は会話を切ってしまう。この点において、結の行動は矛盾に満ちていた。役立たずな自分の目がうらめしかった。
佳恋は時計をみる。まだ今日は始まったばかり。
狼の待つ放課後が、待ち遠しい。
◇
役立たずの、進展しない思考を一日巡らせて。その合間に結の痴態を挟んで、ほんのりと体温を上げた佳恋は被服室に向かう。
今日は、金曜日だから。
「あ、来てくれたんですね、せんぱい」
「――当然でしょ?」
目の前には、前をはだけた後輩。
「せんぱい――あの、もし、私がどんな目にあっても、ちゃんと……先輩自身があぶなくなったら、見捨ててくださいね。わたし、人を巻き込むなんてイヤですから」
何度目かの形だけ、口ばかりの拒否と警告。
「……うん。でも、そんなことにはしないよ」
「せんぱい」
きっと締め付ける縄よりも、ぴんと張った声。
「ほんとうにそんなことになったら、私は臆病だから……ちゃんと、……三条さんを見捨てて、逃げるよ」
嘘だ。
全身に縄を、その組み方を明らかに上手にさせた結の裸身。こんなものがなければ、この子の体はきれいなのに。ささくれた指が全身を這い回っている。それは、佳恋の目にはっきりと映っている、制服に隠されているところも。制服とセーターの紺色の陰から主張をしていた。
結はきっと嘘をついている。
でも、見捨ててくれと言っている。佳恋にはもう、なにがなんだかわからない。この絶望的な状況にいるこの後輩はどうして泣いたりしないんだろう。「問題が解けなくてよく泣いたりします」といったこの子は、どうしてぴんと張った背筋に無骨な縄を張られても泣かずに凛と立ち、年に似合わぬ艶を湛えているのか。それは、現代文の教科書だって顔を真っ赤にしそうなくらいの、艶っぽさだった。
でも、それが佳恋には悲しい。
「ねえ、さわっていい?」
「……はい?」
「――お願いよ、三条さん」
驚くほど、冷たい声がでた。
寒気を含んだナイフのような声だ。佳恋が言われていたらたまらず漏らしてしまうような人殺しの親戚の声だ。
そして乾いていた。地図帳でみただけのタクラマカン砂漠、ありがたーい教典を探しに行った三蔵。その途上で尽きた従者のように嗄(しゃが)れた声なのだ。水を求めて、乾いた声に違いないのだ。
「なにを、ですか?」
戸惑いでもなく、はっきりとした声が返ってきた。
「……えっ」
戸惑いを露わにしたのは佳恋のほうだった。自分の冷たい声に、そしてその内容に、そして戸惑わずに聞く結に、その顔に。おぞけがはしる。
「せんぱい、よくきこえなかったんです」
「え、えっと、触っていい?」
「なにをですか……? あ、おててですか。ぎゅう」
手が握られた。いや、封じられた。
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんですか?」
トボけはじめた。この子は知っている。トボけたふりをしながらも、佳恋が既に、三条結の支配下にあることを知っている。
佳恋は知っている。この子が賢いのを、泣かずにいきていくことができる強さの内在を悟ってしまっている。
では、縛られているのは、誰だ。
縛っているのは、誰だ。
明らかに結の精神を蝕みはじめたこの目。それですら見えない罪の在処(ありか)は、どこだ。
「せんぱい、て、つめたいですね」
「うん、だから触らせて」
あたたかいあなたに触らせて。
「だめです」
「――なんで。いいじゃん」
だめ。ということばがぐるぐるする。いたずら心をふんだんに含んだ拒否。言うことを聞けばおやつの場所を教えてあげると言わんばかりの母親じみたいたずらな「まて」だ。
「ねえ」
ぎゅっと握られている。手が縛られている。
佳恋は不思議だった。さっきまで結は泣いていたはずだった。佳恋が、結を守ってやって、悲しみや苦しみを共有し、結を谷底に落ちないように頑張っているはずだった――そのはずだったんだ。
――いつ、逆転した?
「触りたいんだけど。ねえ、その縄は。……三条さんを縛り付けてる縄はほんとに」
「いいですよ」
「えっ」
「でも、左手だけですよ」
「あ」
握られた両手のうち右だけが解放される。遊びが始まっている。作りものの腕みたく白い。この腕にこの目に見える黄土色の縄が這い回ることを考える。
いや、これは手がかりを辿るための手段だ。それに、結が勝手に遊びへ仕立てあげているだけだ。
でも、佳恋は言うとおりにした。
左手だけを、結の胸元にのばす。右手は結の両手に捕まれている。その掴む力はけして強くはない。
――ねえ。きもちいいの、それ。
そんな言葉を飲み込んで、一緒に飲み込んだ唾液の衝撃が、体を揺らす。驚いた左手の中指がささくれにふれた。
「あっ」
それはどちらがもらした言葉だったか。あの夕暮れ、色気もなにもないピンク色のタイルに囲まれた個室の中でふれた布ごしのそれではない。無骨さ。佳恋には信じられないささくれだった。冬の手入れをしない唇だって、倦怠期と戦い始めた奥様のかかとだって、こんなにガサつくはずがなかった。
――その棘は、指先を通り、血管を流れ、佳恋の心臓をたやすく貫いた。
「ねえ、きもちいいの――これ」
さっき言えなかった言葉が、飛び出た。
「うん、いいですよ。せんぱい」
両手が放される。
――ああ、私は負けたのだ。
負けたのを認められず、言葉だけが烈しくなる。
佳恋は自由になった右手を左手に追いかけさせる。その頃、佳恋の右手は、縄と肌の間に滑り込んでいた。指一本でもその張りを確かにするめぐり、左手が無理にこじ開けるその隙間。縄を退けても、ふたりの間に皮膚があることが悲しかった。
「せんぱ、だめ――。いた……い……」
「がまんしてよ。――淫乱」
――なんだ、この言葉は。
「ひどい――。ひどい、せんぱい」
なめらかにのどを滑り、拒否の言葉を床に押してける。その言葉を出した本人を、その喉と肺をいたぶるようにささくれた縄を、追いついた右手が引く。
「くうっ」
こすれる。
佳恋は忌々しく思う。なにを? この目だ。彼女を見る度に視えてしまうこの縄だ。忌々しい縄だ。しかし、佳恋の目に見えるのは縄だけだ。結の縄だけだ。
「みせてよ、ほら」
「もう、みられてます――よ」
――なんでそんなに、うれしそうなの。
――ねえ、あなた本当に、脅されているの。脅しているのは、誰なの。あなたの肌はどうしてこんなに白くて。
「どうしてこんな、に、上手なん――」
「え――」
指が、結の乳房を掴んでいる。縄にうばわれていた肉の塊を鷲掴みにしている。気づけば佳恋の両腕の甲には痒みにもにた痛み。ヤスリで刮(こそ)ぐような熱さ。その痛みの代わりとばかりに手のひらにはマシマロのような――自分のそれでは味わえない実りが、重力を伴って落ち続けている。
「……痛いです」
「――やめてほしいの?」
佳恋は自分が信じられない。自分の口が信じられない。そんな言葉を吐いて下の腹に血を巡らせている自分が信じられない。こんな暴力が喜ばれると、結が拒まず自分の歪んだ愛撫を受け入れると信じているのが――全部信じられない。
「せんぱい――」
指は乳房にあった。縄が阻(はば)むのも利用した。ささくれた縄と肌の間にある手を焦らすと、結が悶えるのが面白かった。
結は足をじたばたさせていた。佳恋の足は対照的にリノリウムの床を掴んで微動だにしない。そこを軸に結が踊っているようにさえ見えた。ステップを踏んで、鹿鳴館の貴族のように、たどたどしく。
でも、結の上半身は上気していた。佳恋はもっと上気しているのを感じていた。いや、結のステップの描く滑稽さに一瞬だけ正気がもどったのだ。
そう――ここは学舎で、特別教室だけれどやっぱり学校の中で、昼間には勉学にいそしむ学友や後輩が、きゃあきゃあいいながら、使いもしない子供っぽいステッチを入れる部屋で。あろうことか鍵もかけずに、こんなに――こんなに――。
「――よかった」
「なんです?」
「ここが、ミッションじゃなくて」
「あはは」
――カミサマデスカ?
きっと結が口にした、そんな敬虔(けいけん)ならない言葉は、淫声にかき消された。乳房に宛(あて)がわれていた佳恋の手のひらは、山の頂上に到達した。
「感じるの?」
「――――」
声もでないんだ。そう、佳恋は後輩を罵り、五本の指のうち、登頂に成功したたった一人のひと差し指に踊りを、喜びの舞踏を舞わせる。ステップ、ターン、ターン、ジャンプ、ステップ、スクラッチ。
「――っ!」
――あ、ここ、感じてるんだ。
結の顔を見ながら、佳恋は色々と動きを試してみる。ゆっくりだったり、急いだり。軽く爪を立ててみたり。そんな行動の逐一に対して、反応をする結が愛おしい。
どうして最初に、あんなに乱暴にしてしまったんだろうという後悔が、跳ね上がってくる。縄目の付着して取れない、ぎざぎざの身体だから、構わないと思ってしまったんだろうかと自分を責める。
佳恋の指は止まりはしない、罪を償おうとゆっくりと、しっとりと、縄の周りを中心になぞっていく。
汚いはずのところも、縄が沿っているからなぞっていく。まるで、小学校低学年がかきかたの教科書に書いてあるから、そうするんだといわんばかりに愚直に、どうしたら鉛筆の黒鉛が教科書に染み込むか試すように、うまくいかなかったところをもう一度なぞって試すように。
「――あ、あ」
甘い声の遠慮が無くなってくる。鼻腔から漏れる吐息がひどく温い。
「どうしてそんなに――、声をあげるの、結」
――そんなに、気持ちの良いものなの?
「――だってせんぱい。声を出した方が。いいんですよ」
結は口をあけた。粘ついた唾液が糸を引くのが見える。綺麗に生えそろった歯、赤い口腔、絡みつくような淫欲の臭いを伴う獣のような口の中だと思った。
「手が止まってますよ、せんぱい」
「――あッ」
見とれていたら手が止まっていた。その手を結は掴む。そしてもう片方で、まだ服をまとったままの佳恋の内側に、手を伸ばす。
「こんなに焦らすなんて、どこで学んだんですか。せんぱい――ひとを焦らしておいてこんなにしてたんですか――この―――――――淫乱め」
楽しそうに、結が、さっき佳恋の口から漏れ出た言葉を跳ね返してくる。
「ちが、ちがうの――」
佳恋は本当に、今気付いたのだ。
自分の下着が、もう履いて帰れないほどになっていることに。
その場所に結が手を伸ばした。
「ひ、やぅ――」
結の指は、それぞれで濡れていないところと、濡れているところを往復しだす。布に触れるか触れないかのところを探るようなもどかしさを与えながら、たまに、布を突き破りそうに深く触れてくる。もちろん布は破れたりしないけれど、静かな被服室の中に水音が響いてしまう。
「や、やだ――結」
「まだ、まだ」
こんな低い声が出るのかという押し殺した結の声に、佳恋の身体は触れられてもいないのに戒められてしまう。結は、その隙を逃さず、佳恋の手を戒めていた方の手を佳恋の戒め――スカートと上着――を外していく。
「や――」
「ゆいばっかり、ずるいでしょう? きもちいいのは――」
――だから、せんぱいにもあげます。
前がはだけさせられる、ブラジャーの上から責められる。
「せんぱい、こうやって試してみたんでしょう。せんぱい、ゆいのこと思い出しながら、自分でやってみようとしたんでしょう! ほら――ここも、ここも、ここも――」
「やめ、やめてえ。あ、また、そん、なッ……」
結の指は虫のように自在に動いているようだった。結は、さっきまで自分がされていたもどかしい愛撫への仕返しをするかのように、佳恋の未熟な精神を、処理できないような手数で責めていく。痛みは理性を取り戻させるためだけに、快楽は獣性を目覚めさせるために。
「――――――――――――! ―――――――ッ!」
佳恋はもう、声も出なかった。自分がどうなっているのかもわからなかった。さっき、結をこうしてあげられなかった自分をふがいないと思った。
「ほら、せんぱい、無駄な事は考えないで――いいですから――ね。せんぱい、さっき教えたでしょう?」
「――ぁ」
「声を、出すんです――、ほら。誰も来ませんよ――!」
爪が、濡れた下着の上から甘く立てられる。
佳恋は、いつのまにか半分はだけられた未通の肌を、結の縄に押し当てる。その先に柔肌がある。佳恋はたまらず、両手をその後ろで組み、自分の躰を押し当てた。
縄をサンドイッチする形。佳恋は結が弄っているそこを、結と同じ部分に、縄が邪悪なコブを付けて待ち構える地獄の縄に、腰ごと、丸ごと、自分のなかの獣がそう教えるままに。
「あ、せんぱッ! それ! 駄―――」
勢いよく、こすりつける――――――――。
二つのみだらな声が、みずからの脊椎を支配していく。
◇
「――ねえ、寒くない?」
「はい――」
ふたりは殆ど裸だった。結の縄は解いてしまっていた。縄を解くと、結の身体の赤い縄の痕はよく見えた。床に布の切れっ端をいっぱい敷いて、即席のベッドにしてふたりで並んで寝転んだ。冷たくて、固かった。だから、必然としてふたりは寄り添うことになった。
――もう気づいているくせに、せんぱいったら卑怯ですね。
結の口がなにか動いたような気がした。
「――なに、結」
「いつのまに、名前で呼んでくれるようになったんですか?」
「……そっちのほうが、かわいいから」
「もう、せんぱい。知ってるんでしょ?」
「なんて?」
「フェンリルが、わたしだって――」
「……しらない」
「うそ」
「……」
「うそまでついて、わたしとセックスしたかったんですか」
「だましたのは、結のほうでしょ……?」
「――三条結はちゃんと言いましたよ、もう、関わらないで下さいって、せんぱいをまきこみたくないからって」
「……悲しいな」
「……ねえ、せんぱい。これからもせんぱいを脅して良いですか? 結はたまにフェンリルになって、せんぱいをおもちゃにしてもいいですか? いいですよね。たぶん、結は――」
いつのまにか、結の自称は「わたし」から「結」に変わっていた。それはいつの間にか戻ったけれど、きっと、三条結は。ずっとひとりなのではなかっただろうか。私よりも。そう、佳恋は思う。
「たぶん、結はせんぱいのこと、すぐ飽きちゃうと思うんです。結も捨てたし、捨ててきたんです。せんぱいは、ほんとに――すごく上品で、きっと生まれも」
「ちがうよ、八頭佳恋は、鳶職の娘。母親は居ない」
「そうなんですか?」
「ひとは見かけによらないみたい。……おかしいね、自分だってそう見られているのに、そんなこと忘れてしまっていたなんて」
「そんなものですよ、せんぱい――えいっ」
結は突然寝返りを打って、佳恋の上に乗ってきた。
「な、なに、なにするの――」
起き上がろうとするのを制止される。結の手には、さっきまで結自身を戒めていた縄がある。
「うそ――」
佳恋の口はそう言っている。でもわかっている。佳恋は自分自身で、ちゃんとわかっている。こうなるかも知れないこともちゃんと予測できていた。その気持ちも、期待も、はしたない腹の底からの湿りが外に滲み出てきていることすらも、全て結にはわかられてしまっていることさえも。
だから、結の次の言葉もわかっている。
「今度は、せんぱいにやって差し上げるんです」
結はまだ湿りを残している部分を、佳恋の口元に持ってきた。
「――ん」
「わかりますか? 思い出しますか?」
――最初、トイレで出会ったときと、同じ臭いでしょう。
そんな結の言葉の続きは結によって省略された。縄越しに唇が重なる。
互いの舌の間に、ささくれた繊維が生い茂ったキス。女の子とのキスなのに、こんなにも痛い。だからそんなに長くは続かない。その代わりと言わんばかりに結は次のイベントを用意していた。
「ほら、せんぱい。結が、いま縛ってあげますからね――」
その言葉に。
こんなにも、佳恋の身体は期待してしまっている。
ひとりの淫液と、ふたりの唾液を飲み干す音が、被服室に響いている。
カーテンの隙間から、夜間照明の強い光が注ぐ。
暗い部屋に映し出された狼は、
赤い頭巾の代わりに縄を被っていた。