F ステンドグラス・ストラテジー/4
ステンドグラス・ストラテジー/4
「ね、フェンリルって、何?」
「――IT関連企業?」
「なにそれ。ネット? あー……それかなあ」
「なにが、元ネタの話?」
「ねえ、それってなんか悪い(・・)?」
「ワル――? ……べつに悪かァー無いんじゃない? 何が良いか悪いかとか、俺わかんねーけどさ」
「ふーん、そういうのはスパッとキメるもんじゃないの」
「無理ゆーな、まだ文系か理系か迷ってるんだぞ、俺」
「理系にしとけば?」
「テキトーすぎんだろ、その理由は?」
「そうやって理由を聞いてくるところ」
「……ああそう。あ、話戻すけど、フェンリルってのは北欧神話の邪神だよ。これはまあ、悪い――というかどっちかといえば悪役なんじゃないかな」
「おー、博識ィ」
「狼の姿をしていてね。なんか立ち位置的には日本神話のスサノオと似てるかなーって俺は思うんだけど」
「やっぱきみ、文系じゃない?」
「なんだよそれ。ゲーム知識だよこんなの」
佳恋はクラスメイトと談笑していた。もちろん、問題が解決したわけではない。あの日はともかく、三条を家に帰し、佳恋も自室に帰る運びになった。
寝ることなんてできなかった。寝ようとすると、あの姿が思い浮かんできて、いろんな言葉を投げてくるのだ。明け方になってようやく、佳恋は寝付いた。
登校してくる三条を見つけて、メガネをかけた。昨日と同じく下着の上には縄がいる。――力になると啖呵(たんか)をきったまでは良かったが、問題は解決していなかった。彼女は私をみて顔を俯かせたんだ。
ずっと三条を見張って、誰かが接近してこないか見張っているわけにも行かない。彼女にはメールアドレスを教えて、何かあったら連絡するように含めたものの、佳恋もそのアクションを待っているだけではない。
こうして、わずかずつでも情報を、得ていかないと。
「なんとかしなきゃ――ね」
「ん?」
「あ、なんでもない。ありがとね」
「なにが」
「フェンリル」
「――神話に興味があるのかな! カレン!」
「わ」
真田だった。
「――キミは校内をアルくのが趣味? カクれんぼかな?」
「なにそれ」
「今朝方、していなかったかな。そんなネムそうな顔(かんばせ)をして――。カレン! 睡眠不足は肌をミダしてしまうから!」
「――どうも。ご指摘のとおり、私、睡眠不足だから、ちょっとイラってきてますからね、真田さん!」
「あはは、オコったのかい、カレン!」
三条の事がありはしたが、佳恋ひとりにとって真田瑛子の正体は、放っておけぬ差し迫った問題のひとつ――の筈だった。しかし、真田瑛子はこうして普通に佳恋に話しかけてくる、まるで、昔からの友人にそうするように気さくに。まるでなにかを企んでいるかのような思わせぶりなしゃべり方も、ただ、そういうキャラなだけなんじゃないかって思い始めていた。
――しかし、この人物が現れた頃と、結が脅迫されはじめたのは似た頃合いなのではないかとも佳恋は思っている。だが、彼女を犯人(フェンリル)とみれば、彼女はわざわざ結を調教――三条が言うには、それはそういう「プレイ」らしかった――するためにこの学校に来たことになる。
いくらなんだって、それは考えにくい。
「どうしたの真田さん、今日は殊勝じゃない?」
「殊勝! ああ、なるほど。キミもはじめてにクラべて、変わっただろう?」
「――あなたは、なんなの? そのしゃべり方は私をバカにしているの?」
「ボクはそのままだよ、カレン! ――キミが見ようとしているのはどんな模(ありさま)の蔵にオサめられているんだろうね?」
「――それ、本当にわからない。付き合っていられないわ」
「あはは! そう! それはけっこうなことだ! なにもかもロウじてしまうことほど、クラまされることはないからね! あはは!」
そこでチャイムが鳴った。
「ほら、席に着かないと」
メールの着信もあった。
三条からのメールは念を入れて詩のように回りくどい文章でかかれていた。今日の指令を隠語で教えてくれている。佳恋は胸が痛くなる。どんな気持ちでこのメールをあの子は打っているのかと思うと授業なんか頭に入るものか。
読みとった限り。フェンリルにはもうバレているらしい。だから、それを教えろといわれたけれど、黙っていたこと。そうしたら、今日は――いつもよりきついオシオキを指示されてしまったこと。
「――ゲスね」
フェンリルは三条にアプローチをする度に、己の所在を狭めて行く筈なのだ。三条には悪いけれど、もう少し我慢してもらうしかない。近くにいればわかるのだから。
――この目で。
佳恋はその日がな計画を練っていた。やがて、三条から控えめなメールが届く。フェンリルとやりとりの中で死角になる場所を見出した。そこで情報を交換しましょうということになった。
「――交換?」
話をしたいのはそうだったけれど、佳恋はその三条が寄越したメールの雰囲気に違和感を感じた。必要のない行動と、どう類推したのかわからない情報――。
「――タノしそうだね、カレン! ――今晩、ボクとどうかな! 探偵ごっこ!」
「――何か知ってるの? それとも覗き見かしら」
「あはは、そんな難しい顔でカザりをニラんでいる人々はいつの世も探偵と呼ばれるんだ、カレン!」
「ああそう……」
どっと肩から力が抜ける。
「私、予定入ってるの。またね、真田さん」
ぐずぐずしていると、降って沸いた真田瑛子にどこぞへなりと連れて行かれてしまいそうだったので、佳恋はバッグをひっつかんで教室を去る構えをみせた。真田瑛子に一瞥を返して、虎穴に入らずんばとばかり約束の場所へと向かっていく。
机の上にはしたなく座った真田瑛子が、手を振って見送っている。
「あはは、これはフラれてしまったね――」
そんな声を、背中で聞いた。