A ステンドグラス・ストラテジー/0

ステンドグラス・ストラテジー/0

 

 八頭佳恋(やずかれん)は鷹である。(とんび)から生まれたたったひとりの気高く賢く静凛とした鷹であった。たったひとりと最初から決まってしまっていたその鷹には、やがてひとりになってしまう娘不憫(ふびん)を想い、生涯の良き伴侶を見定められるように「(よ)き恋」と名前を付けられた。そう小学校の作文には書いた。

 それを読んだ先生はあまりいい顔をしてくれなかった。それは誇らしく語るように教えられた自分の名前だったのに。佳恋はお父ちゃんの(こぼ)した悲しみにも、煤に汚れた顔にも気付いていたけれどなにもしてあげられていない。

 涙ぐむ佳恋にお父ちゃんは言った「鷹は、鷹の集まる場所に行きなさい」と。それに対し幼い佳恋は訊いた「お父ちゃんは鳶なの?」「鳶だけど、空は飛べなかったんだ」

 

 お父ちゃんは、今日も空の近くにいる。

 

 八頭佳恋は女子高生である。ひとり寮付きの学園にやってきた花の高校二年生である。この学園のカリキュラムは学問に重きを置いたもので、一年目に三年生までの教科書をなぞってしまうと、あとはそれぞれの道に進むための最適なレールを自分で選ぶ事の出来る「よくおできになる人々」の為の園であった。

 佳恋はこの学校を自分で選んだわけではなかった。佳恋が公立高校への願書をもらってきた次の週に「ここがいいじゃないか」とお父ちゃんはパンフレットをくれた。そこなら大丈夫だから、無理じゃないから、とお父ちゃんからの不器用なメッセージに違いなかった。

 ならばその期待に応えるのが一人娘のめざすところではないか。学力はどうせ問題なんかない、推薦を受けることだってできたけれど、望まれた場所があるのなら、その点を過ぎることを願われたのならば、佳恋はその期待に応えてみせよう。

 そう、将来の夢はお嫁さん。まだなったこともないけれど、もらわれるアテもないけれど、お嫁さんだ。幸せになるために、だ。お父ちゃんにその姿を、見せてあげるために。

 

 ――そうしたら私、寮に入るんだよ。さみしくないの?

 

 その言葉を飲み込んだ。だから空を飛んで見せてやればいいだけだ。あの人の泣いた顔を一度くらい見てみたいじゃないか。ママの過ぎた場所を通り越して、パパで無い人を傍において。そんな、ささやかな幸せを目指すんだ。

 

 

 どんなお勉強をすれば、なれるのか知らないけれど。