G 壺井あさぎ

c ペイル・ペリセイド/X

壺井あさぎが夜の路地を歩いていた。赤いトレーナーにデニムを着ていた。サイド二つに結び直して、サングラスも拝借した。香水をぶちまけて、三件目の漫画喫茶でどうにかシャワーを浴びて、逃げた。ほんとうのひとりで生きていくのは、ことのほか大変だった…

a ペイル・ペリセイド/7

ペイル・ペリセイド/7 砕かれた壺井あさぎはしばらくそのままだった。 原因不明の落下物による事故(エンゼル・フォール)なんて名前を付けられたあと。「運がなかったですね」なる心ない為政者代理のオコトバとともに倉庫は閉鎖された。肉は廃棄され、ヤバ…

Y ペイル・ペリセイド/6

ペイル・ペリセイド/6 壺井あさぎは一人でも、やっぱりずっとお腹が空いていた。 あんなにいっぱい食べたのに。家の中が血まみれになってしまうくらい食べたのに。生のおにくがたべたくてたべたくて、しょうがなかった。ケータイがないから、どうしようも…

X チョコレート・ゲート/8

チョコレート・ゲート/8 片岡千代子は壺のアタックを逃れていた。壺に絡んだ蔦を見てすぐ、鉄骨ばかりの倉庫上階に陣取ることを決めた。 冷凍倉庫といっても高さがそれほどあるわけではない。千代子はその中二階とも言うべき場所から冷気が供給されている…

W ブラックスミス・スクラブル/5

ブラックスミス・スクラブル/5 槌田紅実はもうどうにかなりそうだった。コンクリート剥き出しの床に座って小便を漏らして救われるならそうしていただろう。けれど、歯を食いしばっても、自分を虚勢で大きく見せても、絶体絶命の窮地で為す術もなく流されて…

V チョコレート・ゲート/7

チョコレート・ゲート/7 壺が鳴っていた。 片岡千代子は頭を抱えた。どうやらジョーカーを引いた。 「――なんてこと」 槌田紅実がナナメ後ろで言葉を失っている。藍色の文様に新鮮な赤茶のシミを隠さない巨大な白磁の壺が、非常誘導灯ばかりのうすぐらい倉…

Q ペイル・ペリセイド/5

ペイル・ペリセイド/5 あさぎはそのまま、血の海で朝を迎えた。 学校にいかなければいけないと暢気に思っていた。べとべとして気持ち悪いからシャワーを浴びようと考えて、全裸だから服を脱ぐ手間が省けたねとばかりにスキップで浴室に行った。 蛇口を捻っ…

P ペイル・ペリセイド/4

ペイル・ペリセイド/4 ――シノちゃんに、壺め壺めと言われすぎたから、ついに壺になっちゃった。 「変な、夢みた」 病院のベッドで意識を回復したあさぎは、傍らの母親と刑事達にそう告げた。誰かが騒いでいた気はするし、養護教師が卒倒して、野次馬に来た…

M チョコレート・ゲート/5

チョコレート・ゲート/5 片岡千代子が目を覚ますと、そこに壺があった。 大きくて白く、触れずともつるつるした手触りを約束してくれるような形をしていた。それは藍色の顔料で幾何学的な唐草にも似た文様が描かれていた。奇を衒ったわけでもないシンプル…

L ペイル・ペリセイド/3

ペイル・ペリセイド/3 「あっ、シノちゃんん」 あさぎの安堵した声に、千代子が先客――中村紫乃を一瞥する。あさぎはその一瞥に不安のサインを感じ取った。実際の所、千代子は自分の記憶をたぐって、紫乃が隣の席によく訪れる二人組の片割れであることを思…

J ペイル・ペリセイド/2

ペイル・ペリセイド/2 壺井あさぎと片岡千代子は学園前駅ホームのベンチで横に並んで、半人分のスペースを空けてもう小一時間座っていた。その間ずっと対話は無かった。対話になってなかっただけで、あさぎはずっと「ね、ねえ大丈夫ううう?」だの「そ、そ…

G チョコレート・ゲート/4

チョコレート・ゲート/4 夢のように明るい通学路だった。電車でまどろむうちに、夢のようにおぼろげな記憶になってしまっていた。けど、先輩の白い指と不思議な言葉、甘い声、眠そうな目、緑青の髪、チョコレートの香り。そのすべてに愛された。片岡千代子…

F ペイル・ペリセイド/1

ペイル・ペリセイド/1 壺井あさぎはちっこい。ちっこい以前にとてもやかましい。そしてやたらと動く。授業中でも何かにつけ動いていたがる。ネズミとかリスみたいな小さい動物はでかい動物であるところのゾウとかクジラにくらべてせせこましく動き回る。動…

B チョコレート・ゲート/1

チョコレート・ゲート/1 ブラウスのボタンは一番上まで止めて、襟には毎朝アイロンをかけている。スカートのプリーツに皺が寄ることもない。桐の刺繍が施された胸の名札には「片岡(かたおか)千代子(ちよこ)」と記されている。印刷されているようにも見える…